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1: 2016/04/08(金) 18:36:18.01 _USER*.net
『怒り新党』夏目三久後任に青山愛アナ「未知なる世界への挑戦にドキドキ」
2016-04-08 16:09

テレビ朝日の人気バラエティー番組『マツコ&有吉 怒り新党』で、先月いっぱいで総裁秘書を卒業した
夏目三久の後任として、同局の青山愛アナウンサーが務めることが8日、わかった。

この春から6年目を迎える同番組は、スタート時から先月まで夏目が総裁秘書として進行役を務め、
マツコ・デラックスと有吉弘行という強烈なキャラの2人を相手に、時に冷静に、時にユーモラスに番組を盛り上げてきた。 番組人気とともに夏目アナの人気も上昇し、『真相報道 バンキシャ!』(日本テレビ系)や『あさチャン!』(TBS系)など、 報道番組のMCへ成長していくきっかけともなった。 

後任を務める青山アナは、同番組がスタートした2011年4月に入社。 同年8月より『報道ステーション』のお天気キャスターを担当し、14年4月から16年3月までスポーツキャスターを担当した。 大役を引き継ぐにあたり「大きなプレッシャーと大きな不安を抱えて初収録に臨みました」と緊張をにじませたが、 「マツコさんと有吉さんの温かな雰囲気と、時折飛んでくる鋭い突っ込みに助けられながら、 無事収録を終えることができました」とコメント。

ほぼ初となるバラエティー番組に対して「未知なる世界への挑戦にドキドキしています」と胸を躍らせ、 「前任である夏目三久さんがマツコさん有吉さんと作ってこられた番組の空気を壊さぬよう、 精いっぱい頑張っていきたいです」と意気込んでいる。

(左から)青山愛アナウンサー、マツコ・デラックス、有吉弘行
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1: 2016/04/08(金) 06:10:27.78 _USER*.net
自身の不倫について、乙武洋匡(ひろただ)氏(40)は「週刊新潮」に以下のような「弁明」を行った。

まず、彼は妻への「愛」を、恥ずかしげもなくこう語っていたのである。

「(不倫旅行に同行の20代後半の美女との不倫関係が始まった)3、4年前だったと思いますが、
車の中で妻に突然、『外で子供だけは作らないでくださいね』と言われた瞬間がありました。
あまりに衝撃的すぎて、自分が何と返したかあまり覚えていないんですが、不倫がバレているな、と。
そこで不倫を断ち切ろうと思った。何度も思いましたよ、この8年間。
本当に情けないんですけど、本当に妻を愛しているんですよ。バカバカしいと思うかもしれませんけど」

そして彼は「言い訳」も。

「妻は私が他の女性と親しくすることに無頓着と言いますか、皆さんには理解し難いところがあると思います。
これは言い訳とかでは全然なく、子供が生まれて、自分ではお風呂にも入れない私が家に夜11時に帰ると、せっかく寝かしつけた子供が起きてしまい……」

その結果、外泊が増えたと言いたかったようであるが、無論、それは不倫をしていい理由にはならない。

■愛人に「感謝」も

さらに彼は、次のような「愚痴」も吐露。

「いろいろな積み重ねで夫婦関係が疎遠に。(乙武氏の思いとは違って夫人は)早く子供を社会に送り出し、
子育てに翻弄されない夫婦生活を取り戻したいとは思っていないのかなと考えてしまったこともあります。
妻と元の関係に戻れたらどんなにいいんだろうとずっと思っていましたし、孤独に耐えていかなきゃって、自分に言い聞かせてきましたけど……」

一方で、20代後半の美女である不倫女性に対しての「思い」を訊(き)くと、

「陰ひなたで言えば、陰の存在として私を支えてくれていたので、感謝しています」

妻への愛と、愛人への感謝。公言するのは憚(はばか)られ、とりわけ主婦層には受け入れられないであろう心情を同時に披露してみせた乙武氏。
それでも彼は、「障害者の代表」として、今なお政界への意欲を失っていない様子である。
しかし、その障害者の中にも、乙武氏の言動に傷付いている人、しかも女性がいるのだった。 
 
【乙武洋匡の不倫旅行「ダミー」役は“筆談ホステス議員”の秘書だった!スタッフを奪われた本人は……】の続きを読む

1: 2016/04/08(金) 23:00:01.68 _USER*.net

 AKB48からの卒業公演を終えた高橋みなみ(25)が8日、都内で報道陣の取材を受けた。9日からはグループを離れて活動することになるが、将来的にグループのプロデュースを手がける可能性については「名前を伏せてやりたいです」と前向きだった。

 本格的なプロデューサー就任には「秋元さんの代わりはやっぱりいないんですよね」と総合プロデューサーの秋元康氏への尊敬の念を披歴。 「船は進んでいきますから、新しいメンバーとか楽曲とか増えてきたら、私の知らないAKBになっていくんじゃないかなと思います」と自分の知らない存在になっていくのではないかと予想もした。
 
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1: 2016/04/06(水) 20:41:40.93 _USER*.net
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数々の伝説を生み出し、謎の死を遂げた20世紀を代表するセックスシンボル、マリリン・モンロー。そんな彼女がまだ無名だった時代の写真の写真です。

マリリン・モンローがマリリン・モンローとして知られる前のこと。まだ彼女がノーマ・ジーン・モーテンソンであった20歳の時、 新進の写真家であったアンドレ・ド・ディーンズと長い旅行を行い、そこでふたりは恋に落ち、多くの彼女の写真が撮影されました。

ディーンズはマリブビーチでノーマの写真を撮影した時のことをこう話しています。

彼女は20歳で、成功の美酒を味わったことはまだなかった。でも彼女の輝きの上に、そして微笑みの中に、
既にその先触れはあった。私は写真を撮る時、彼女に私の言葉に対して考える時間を与えず、直感的に反応するように言ったんだ。

幸福、驚き、熟考、疑念、心の平穏、悲しみ、苦行、そして死。私が「死」と言った時に彼女は黒い布を掴んで頭に被ったんだ。 彼女にとって死とは暗黒であり、無だった。私は彼女から別の反応を引き出そうと試みた。死は始まりかもしれない、永遠なる光の希望かもしれない。

でも彼女は頭を振り「これが私にとっての死なの」と言って彼女は私の方を向いた。彼女の顔は動きが無く絶望的で、 目は光を失い、口からは突然色彩が奪われた。彼女にとって、死とは全ての終わりだった。

BUZZAP!では以前、死の6週間前のマリリン・モンローの写真を取り上げました。あの写真の中にあった死の影を、この時の彼女の中に見るのはさすがにうがち過ぎでしょうか。 
【【女優】マリリン・モンローがまだ無名だった20歳の時の写真!】の続きを読む


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