1: 2011/11/08(火) 12:26:00.54 BE:2874287276-2BP(1)

「古代出雲」

日本の歴史において、まだ学術的に不確かな古代王朝。西日本を中心に支配した大和王朝の以前に、西日本を支配していた最古の王朝である。出雲が日本の古都のひとつである証拠に、日本神話の八百万の神々は、十月、神無月に出雲に集まり、出雲地方では、十月を神在月と呼ぶ。

歴史
出雲は、もともと、小さな国にすぎなかった。当時の西日本には、渡来した中国系盗賊団が住み着いており、先進的な武器を背景に、日本の先住民を支配し、搾取していた。そこに、出身地不明の旅人スサノオがやってくる。スサノオが出雲に来た時、渡来系盗賊団ヤマタノオロチが、出雲の領主の娘を生贄に差し出すように要求していた。それを聞いて、出雲の領主の娘クシナタ姫を救うために、スサノオは十握の剣を武器に旅に出る。そして、なんと、スサノオは一人で渡来系盗賊団ヤマタノオロチを退治してしまったのだった。なお、スサノオは、渡来系盗賊団ヤマタノオロチの跡地から、製鉄された剣天の叢雲の剣を手に入れている。この偉業によって、スサノオは西日本先住民の英雄となる。出雲の領主の娘クシナタ姫と結婚したスサノオは、西日本の盟主として、出雲王朝の開祖となる。ここに、出雲王朝が始まる。西日本は、出雲を盟主に六代、時代を重ねたが、スサノオから六代後の大国主の時代に、政変が起こる。西日本の盟主である出雲の王、大国主に、属国で新興国である大和が盟主の座を明け渡すように要求したのである。出雲の王、大国主は、大和に服従することを誓い、降伏する。出雲の王族、建御名方だけが反乱し、大和の軍と戦うが、敗れ、諏訪の地に逃げのびた。こうして、西日本の支配は、出雲から大和王朝へと移ったのである。俗にいう「国譲り」である。大和王朝の王は、日本神話の最高神である太陽神天照の子孫を名のり、出雲の建国の王スサノオを天照の弟とした。これにより、大和王朝の王家、いわゆる天皇家がスサノオの子孫(現代にも出雲千家として伝わる)よりも権威ある存在として認められ、君臨した。なお、出雲王朝のスサノオは出身地不明の旅人だが、大和王朝の王家である天皇家は風聞ではY染色体が縄文系だといわれており、日本の先住民が、日本の支配権をとり戻したことになる。

引用元: ・古代出雲王朝は実在した

2: 2011/11/08(火) 12:26:47.95 BE:958096627-2BP(1)

神話

出雲の建国の王スサノオは、日本最古の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)である。出雲を継いだ大和の王は、太陽神の子孫である。

スサノオの出身地
スサノオは、日本列島の北にある朝鮮半島の北東にあった国、渤海の人であるという学説が出されている。最近の考古学的、遺伝学的調査では、三万年前から日本に住んでいた縄文系と、紀元前二百年頃に日本にやってきた弥生系の人々ははっきり異なっており、日本語は、弥生系に由来するとみる傾向が強い。この記事の記者が推測するに、朝鮮人、弥生人、ともに、中国江南出身の移民ではないだろうか。すると、スサノオ、ヤマタノオロチ、ともに、中国江南出身者だと考えるのが自然であろう。

疑問点
三世紀に卑弥呼の治めていた邪馬台国が、西日本の盟主だったのは確実である。邪馬台国は、ヤマト国と読むと考える説が強い。すると、ヤマトの古代の王は、女王だったことになり、男性の天皇がヤマトを治めていたという古事記、日本書記の記述と矛盾することになる。出雲王朝は、邪馬台国以前、三世紀より前に存在したと考えられる。

http://ja.yourpedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E5%BA%E9%9B%B2

4: 2011/11/08(火) 22:18:02.95
神々の国

5: 2011/11/09(水) 22:47:57.27
古代王朝

6: 2011/11/10(木) 12:48:40.71
神聖国家

7: 2011/11/12(土) 13:46:02.75
ネタスレ?
東奈良遺跡は弥生時代初期から巻向と同時代まであった巨大な環濠集落で
あそこが出雲の中心だったんじゃないかと思うけど。

69: 2012/03/23(金) 11:18:30.88
 そうそう、俺が言いたかったのは>>7当たりで東奈良とかって出て来たから、畿内内部の話が拡大したんじゃなくて、纒向が東奈良に国譲りを迫ったような話でなく、神話と同じく素直に、近畿勢力が出雲勢力を服属させたんじゃないかというつまらない話です。

70: 2012/03/24(土) 00:48:08.14
>>69
ところが、そうすると「国譲り(支配者交代)」ではなく、単なるローカルな地方征服物語になってしまう。

77: 2012/04/07(土) 09:42:17.15
>>70
>・島根県には、よく知られるローカル勢力が存在・・・・・
とすると、ご自身も言われる山陰・近畿・北陸日本海沿岸の気多神社、
東海の野見神社、関東の氷川神社などの日本各所にある出雲系神社>>70は、
どう説明されるのですか?
出雲系神を奉じる出雲部族の移住植民と領地化の痕跡ではないとでも?

85: 2012/04/25(水) 20:00:05.15
>>77>>78
出雲と越(東日本の日本海側)には、深い関係があることは全く否定しないよ。
そのまま新潟くらいまでは、緩やかな交易関係があったと思われる。

だが、出雲(山陰)は、地理的に、東日本の【太平洋側】とは、関係を持ち得ない。
近畿地方を突っ切って、国土軸線を斜めに切り裂かなければならないので、これは地理的に無理。
だから、諏訪も埼玉も、山陰とは確実に関係が無い。
どちらも、真の故郷は東海西部(今の中京地方周辺)ではないかと思われる。
諏訪の「出雲神」部族は、おそらく今の愛知県豊橋市あたりが直接の故郷とすると、
地理的にも神社の縁起としても、自然な説明が出来る。糸魚川は銅像まで建てたが、あれはコジツケだ。
武蔵国の「出雲系」は、今の静岡もしくは山梨経由だろう。これも考古学と一致する。
古い関東の勢力は、大雑把に言って、毛野と武蔵が対立するが、
これは、碓氷越えの東国勢と、足柄もしくは大月越えの東国勢の二派があったと考えれば、ごく自然に理解できる。
中部山岳の山脈の方向(北北東-南南西)を考えれば、結局は双方東海西部が一応の故郷ということになるだろう。
東海地方以前に、どこにいたのかは、それは分からない。
東経137度の進出東端に達した「遠賀川式土器集団第一陣(=弥生人第一陣)」の、ずばり末裔ではないかとも思う。

8: 2011/11/12(土) 17:58:49.06
杵築より意宇について語って欲しい

9: 2011/11/13(日) 02:11:14.67
出雲国造家ってあるんだってね。
国造ってクニノミヤツコで読み方あってる?

11: 2011/11/16(水) 22:44:46.16
>>9
出雲では「こくそう」って呼ぶけどね

10: 2011/11/13(日) 15:44:49.66
そうだね。
国の宮つ子っていうことなんだろうね。

12: 2011/11/18(金) 11:41:42.67
>>10
ミヤツコの語源は「御家つ子」らしいけどね
現在でも皇族などに使われる「宮」はもともと「御家(みや=立派な家)」で
立派な家に住む貴人のことを指した言葉

13: 2011/11/18(金) 13:12:18.01
まあ、宮でも御家でも、ミヤにどういう字を当てようと、同じ意味。

14: 2011/11/19(土) 07:37:27.74
こくそう家は古代王朝の血統?

15: 2011/11/19(土) 11:23:03.59
スサノオ-大国主-太田田根子-神朝臣-俺

20: 2011/11/22(火) 21:25:31.46
>>15
百姓まで落ちぶれたのか.....

16: 2011/11/19(土) 11:41:28.09
国造家は出雲本来の豪族で、幽閉された大国主の監視役でしょう

18: 2011/11/20(日) 00:22:09.40
大国主(縄文人)=日本の原住民の王【龍・蛇】=ヤマタノオロチ
スサノオ(弥生人)=イスラエル10支族の王【牛】
神武(弥生人)=ユダヤの王【ヤハウェ】
みんな同族、宇宙人の子孫

22: 2011/11/24(木) 23:37:36.58
年末に出雲行くけど見るとこ大杉w

23: 2011/11/30(水) 05:37:14.98
>>22
俺、去年、三泊したけど、時間全然足りなかった(´・ω・`)

24: 2011/12/01(木) 14:00:28.39
出雲大社見られないんでしょ?

25: 2011/12/11(日) 13:06:16.28
元々邪馬台国は、出雲の神を奉っていたからな

天照が優勢になっていくのは11代垂仁天皇ぐらいから

30: 2012/02/07(火) 12:25:20.48
待て>>25
11代天皇だと、やはり、8代孝元天皇の大彦命が、素戔嗚尊で妹が天照=卑弥呼なのか?
弟が、9代天皇

26: 2012/01/21(土) 12:33:30.65 BE:1231837463-2BP(2)
ヤマタノオロチが製鉄技術をもっていることから、
ヤマタノオロチが大陸からの渡来人なのは確実。

27: 2012/01/21(土) 12:49:24.58
出雲族から強引に国を奪い取ったのが天孫族なので、
たたらないように、出雲の神をちゃんと祭り、出雲大社も建てたんだろうよ。
天照が優勢になるのは三輪王朝からだし、崇神のところで
やはり王朝が交替してるとみていいだろう。

28: 2012/01/21(土) 21:48:20.30
オオクニヌシ系の王朝は、記紀でも否定しとらんように思うのだが。

29: 2012/01/26(木) 06:50:48.51
ムラクモノ剣が、神器に指定されたのって、製鉄技術の伝搬を意味してるんじゃろか?

31: 2012/02/08(水) 03:21:17.72
っていうか、出雲が西日本を支配した王朝ってのは違うだろ。
考古学的には出雲が影響力を及ぼしたのは
山陰と北陸じゃね?

32: 2012/02/08(水) 07:16:25.72
>>31
あと北陸経由で諏訪

鹿島神宮のタケミカヅチは諏訪からさらに出雲残党を追って茨城まで出ちゃったんだろうか?

37: 2012/02/22(水) 18:44:50.37
>>32
「毛野国」がもともと出雲と同族だった。

35: 2012/02/22(水) 14:20:53.55 BE:1231838036-2BP(3)
>>31
ヤマトに国譲りしたことから、
ヤマトの領土も影響力の範囲内だと考えた。

33: 2012/02/20(月) 00:36:04.61
 島根県では古事記1300年のイベントがあるらしく、今年は山陰に足を延ばそう
かと思います。まず鳥取県の白兎海岸での白ウサギの話のあと、オオクニヌシの
神は、八十神にいじめられたあたりが鳥取県日野郡あたりで、その後根之堅洲国
のスサノオ神からも試練を受ける。このあたりは島根県安来市の富田八幡宮の
境内社須賀神社あたりになろうかと思います。近くには、古代出雲王陵の丘と
言う弥生大型墳丘墓の一種四隅突出型墳丘墓の密集地帯があるそうです。
イザナミ神の神陵地である比婆山にも寄ってみたい。そうやって島根県
松江市にある黄泉平坂のある揖夜神社に寄って、出雲大社や古代出雲歴史
博物館のある島根県出雲市へと向かいます。こうやって、オオクニヌシの神
の移動に合わせて観光するのも一興だと思います。古代歴史博物館に飾ら
れている錆びずに出土した奇跡の大刀は、中間地点の安来市から出土した
らしく、ここはたたら吹き製鋼法を伝える和鋼博物館や、日本庭園世界一
の足立美術館などもあります。

36: 2012/02/22(水) 18:22:11.02
>>33
出雲視点           高天原視点
八十神にいじめられた = 乱暴者のスサノオ追い出した

たぶん同じ出来事

34: 2012/02/20(月) 06:12:03.57
公共交通が貧弱なのでレンタカー借りるほうがいいですよー。
最近はパワースポット観光バスがあるのでメジャーどころだけならツアーで回れますが。
揖夜神社と黄泉比良坂はちょっと離れてるので注意して下さい。
黄泉比良坂はぶっちゃけ住宅地の中のただの坂なのであんまり面白くないですw
出てないところだと、八雲神社とか八重垣神社もお勧めです。
古墳はそこら中にありますので、どこでもそれなりに見るものがあります。

38: 2012/02/22(水) 21:50:08.73
 でも千年の秘技、たたら製鉄が行われているみたいだし。

39: 2012/02/23(木) 01:52:02.08
アメノムラクモが鉄剣かはわからないぞ
江戸時代除いてみたら、石の剣だったというゴシップもある

40: 2012/02/29(水) 19:54:58.79
 言語解析ソフトで国宝、真福寺本の原文を分析していくとどうしても
須佐之男=日立ってなってしまうんだよな。なんでだろう?

41: 2012/02/29(水) 21:26:40.05
スサノヲは秋津島に降り立った天つ神の先駆者=パイオニア=日立

43: 2012/03/02(金) 18:38:13.23
建速須佐之男命

これってほんとうはなんて読むの?

44: 2012/03/02(金) 21:39:59.01
タケハヤスサノヲノミコト

45: 2012/03/02(金) 23:43:53.91
速須佐神かあ

46: 2012/03/03(土) 00:06:24.84
底筒之男命
中筒之男命
上筒之男命

こおゆうのを略して

「ツツノヲ」とはいわんじゃろな

「スサノヲ」のはなんかへんだよ。

47: 2012/03/03(土) 00:09:52.73
「建速須佐之男命」の「佐」は「佐治國」の「佐」だしね。

48: 2012/03/03(土) 01:39:54.32
でも、タケミカヅチやタケミナカタの『タケ』は尊称と言うから、それを取って『ハヤスサノオ』でも良いと思う。
あとクマソタケルやヤマトタケルやイズモタケルの『タケル』や、
タケシウチノスクネの『タケシ』なんかもそう。

49: 2012/03/03(土) 02:22:04.22
出雲の末裔って三輪族なん?

56: 2012/03/07(水) 18:50:28.56
>>49
三輪氏、加茂氏が出雲神族で、国造は出雲臣族。
王朝の末裔は前者でしょうね。

50: 2012/03/05(月) 00:15:13.70
近畿地方まで出雲だった説ならそうじゃね?

51: 2012/03/05(月) 07:26:08.64
オオナムチって出雲大社と大神神社の両方の主祭神だしな
マジ大物

52: 2012/03/05(月) 22:01:58.69
オオナムチは元々、倭国の元首


53: 2012/03/05(月) 22:47:18.03
オオナムチの出生地は吉武高木だな

かあちゃんが 刺國大神之女 名刺國若比賣

54: 2012/03/05(月) 23:36:17.75
オオナムチ。
オオ(オホ)は尊称。
ナは国道や領土など。(ナラなど)
ムチは尊貴で特別な人の敬称
オホナ=大国。ムチ=大王(ムチが付与されるのは大日霊女貴命と雅日霊女貴命と大己貴命のみ)。
オオナムチで大国主命(大国を統治し数多の国を従える大王陛下)


55: 2012/03/06(火) 03:45:24.43
刺國って須佐のことじゃないのか?
まあ近所で那国の勢力圏だろうけど

57: 2012/03/08(木) 04:20:10.70
三輪族、諏訪族って言うけれど、
もしおれが該当するならすわだな。
三輪って言う顔してない。
本籍も諏訪町だし

58: 2012/03/08(木) 07:05:56.77
三輪一族で一番メジャーな人って、三輪〈カイザー〉清宗だろうか
魔術考証家の

59: 2012/03/08(木) 15:07:50.92
出雲大社→千家家
大神神社→高宮家

三輪氏の本家も脈々と続いてきている。

諏訪はどうなってるんだっけ?

60: 2012/03/14(水) 22:44:09.68
おれも出雲族の末裔だろうか・・・。王族?

61: 2012/03/20(火) 19:11:30.56
 まあ日立金属さんだったら御存じかもしれませんね。

62: 2012/03/20(火) 20:40:52.54
ねえ、日立市だとどんな王朝とか部族に入りますかね
鹿島からも離れてるし、日立製作所もなかった時代は
土着信仰かなんかですか?

63: 2012/03/22(木) 21:19:23.80
 単純に考えて、出雲地方の出土品や古墳は北九州や近畿と明らかに違うし、タタラ製鉄も、鉄資源も後代まで続くから、一つの大きな勢力だった事は間違い無い訳で、それを無視して、畿内で国譲り神話を考える事は出来んわな。

70: 2012/03/24(土) 00:48:08.14
>>63が諸刃の剣なのはここで、
「出雲の独自性」というのは、実は出雲の「ローカル性」に繋がるため、
話がずれていってしまう。
日本各所にある出雲系神社の縁起を、つなぎ合わせてそのまま鵜呑みにすれば、
山陰から関東東北まで、日本列島の大半の地域にあまねく広がる「島根人が支配する大出雲帝国」があって、
それを大和朝廷が乗っ取ったという話にならざるを得ないが、これは考古学とは完全に矛盾する。

これを説明するため、「出雲の国譲りは、実は奈良盆地内部の話じゃね?」などという立論がされることになる。
俺自身は、
・天孫族が、先住民、とりわけ東国の先住民を征服したというプロトタイプ物語があった
・しかし、この征服譚をそのまま神話にすると、東国の反感を買ってしまいまずい
・島根県には、よく知られるローカル勢力が存在した
・プロトタイプ物語の虚構の舞台として、島根勢が選ばれ、「出雲神話」として仕立て上げられた
という仮説を持っている。その「物語」を尤もらしくする舞台として、出雲大社が巨大建造物として建てられた。

64: 2012/03/23(金) 09:48:20.27
出雲に国譲りを強いたのは、九州勢力か、
畿内勢力かわからない。

出雲で発達した製鉄で考えるなら、九州は輸入鉄が比較的豊富だから、
必死で出雲を欲しがったのは畿内勢力と思えるが。

69: 2012/03/23(金) 11:18:30.88
 そうそう、俺が言いたかったのは>>64当たりで東奈良とかって出て来たから、畿内内部の話が拡大したんじゃなくて、纒向が東奈良に国譲りを迫ったような話でなく、神話と同じく素直に、近畿勢力が出雲勢力を服属させたんじゃないかというつまらない話です。

70: 2012/03/24(土) 00:48:08.14
>>69
ところが、そうすると「国譲り(支配者交代)」ではなく、単なるローカルな地方征服物語になってしまう。

65: 2012/03/23(金) 09:53:30.67
 スサノオのヤマタノオロチ退治というのは、出雲王のたたら製鉄民の支配話
なんでしょ?

66: 2012/03/23(金) 09:57:13.99
大国主はスサノオの子孫だな。

67: 2012/03/23(金) 10:04:04.92
子孫であって同じ神魂で同体異名だったりするんですかね

68: 2012/03/23(金) 10:11:27.10
一応、古事記によると、大国主はスサノオの6代後ということらしい。

71: 2012/03/24(土) 07:10:48.67
>これは考古学とは完全に矛盾する。

どの辺りで矛盾するの?
各地の主要な王朝には出雲族が関係していたと考えられないのかな?

72: 2012/03/24(土) 12:23:44.02
>>71
だからさ、埼玉の氷川神社を掘ったら、弥生期・古墳期の島根固有の遺物が出てきたりするのかね?
栃木の前方後方墳を掘ったら、島根固有の遺物が出てきたりするのかね?
奈良の前方後方墳を掘ったら、島根固有の遺物が出てきたりするのかね?

いずれもあり得ない。少なくとも現状の考古学では聞いたことが無い。
出雲系遺物が出てくることで有名なのは、神戸にぽつんとある前方後方墳だが、あれは例外中の例外だ。

島根の発掘が進んで、固有の文化性が明らかになったということは、
実は、「出雲の普遍性」にとっては、皮肉にもとどめの一撃になったんだよ。
逆に言えば、出雲文化は全国に広まって「いない」ことが分かったわけだから。

74: 2012/03/28(水) 09:38:40.89
>>72
それって戦国時代の城郭を見て室町幕府は存在しなかったって言ってる感じじゃないのかな?
前方後円墳が作られた邪馬台国の頃は乱世だったんでしょ?

でもまあ那国=根の国=出雲王朝って程度の規模なのかもしれないけど

75: 2012/03/28(水) 23:20:18.53
>>72
言っていることは理解できるが、まず弥生時代から始めるべきだと思う。

そもそも、荒神谷や加茂岩倉の解釈も定まっていないのに、独自性や普遍性を論じるのは時期尚早。荒神谷などは「農道」の工事がキッカケ。宅地造営などで掘りまくっている北九州や畿内とでは発掘回数が全く違う。なのに、総出土数は多い。勿論、これは青銅器の話。

つまり、弥生時代に出雲の黄金期があり、宗教的先駆としての役割もあったとしても良い。古墳期はむしろ下り坂の時期と考えられなくもない。
なのに、そこを論じないで前方後方墳の例え話をするのはどうかと思う。

第一、最古式の銅鐸ともいわれる菱環鈕式の僅か7鐸中、1つが荒神谷出土。巨大墳墓としての四隅突出型の出現期の早さ。
影響を与えられた側というよりは、与える側だったように思う。

76: 2012/04/02(月) 14:31:51.02
考古学的成果とやらは絶対的基準には成り得ないよね。

>>75が言うように発掘頻度、発掘場所にムラがあり過ぎる上に、
遺物の「流行」が廃れたり変化したりした(例えば銅鐸)あとに、勢力が移動した可能性だって考えられる。

まあ俺は基本的には、出雲士族の関東移住はその上澄み部分だけで、それらと在地勢力の首長一族との招婿婚によるものとは考えているけどね。

招婿婚というより「招種婚」といっても良いかもしれないな。

日本におけるこの婚姻文化は神代の時代から現代まで続いてるよ。

73: 2012/03/25(日) 21:10:41.21 BE:1231837092-2BP(3)
現在の古代出雲研究はどのくらい進んでますかね?

78: 2012/04/12(木) 15:34:57.98
建御名方が諏訪でかくまってもらえたことから、出雲王朝の支配領域は長野県を含めていたと考えている。

79: 2012/04/12(木) 16:22:51.80
>>78
薩長に倒された徳川将軍家が静岡で存続するのを許されたのと同じようなものだな。

80: 2012/04/12(木) 22:25:30.47
兄に追われた九郎判官義経が奥州藤原氏にかくまわれたようなものです。

81: 2012/04/12(木) 23:51:41.99
でも義経は奥州でヌッ殺されちゃったでしょ

82: 2012/04/14(土) 09:34:21.20
兄に殺されたのは義経の影武者で、義経自身は大陸に渡って後にジンギスカンと呼ばれるようになる。
そして、アジア大陸を制覇し、故国日本の地を踏むべく大軍を送ったのだけれど、
神風によって、夢破れたのであった。おしまい。

83: 2012/04/15(日) 21:39:21.97
出雲王朝の末裔という當當雄氏の伝承は、どういう扱いなの?
トンデモ?

173: 2013/05/26(日) 14:47:15.74
>>83
最近、本が出版されたみたい

84: 2012/04/23(月) 12:32:19.17
 その大刀は1911年に発見されたらしい。ちょうどそのころ(1913)、安来鉄鋼合資会社
(現;日立金属安来工場)の伊部喜作という人物が、玉鋼に合金元素を添加して東洋で初の高速度工具鋼(ハイス)
を開発したらしい。それ以来、日立金属になってまでずっとハイス国内シェアーは第一位。
つまり、ハイス国産100周年というのが来年にあたる。なにか匂わないか?

86: 2012/04/26(木) 21:41:09.15
大和王朝が出来る前に
敦賀あたりから南下してきたんでしょうかね

87: 2012/04/29(日) 14:31:59.75
出雲地方の神社に祭られている神様の名前の多彩さには、驚かされる。
他の地方のいかにもよそからの神様を勧進いたしました的なコピペみたいな神社
とはまったく別。あれは、出雲が他と違う文化圏だったことの証なんじゃないかな。



ま、行ったことないんだけどな、、、出雲

88: 2012/05/02(水) 21:59:46.27
>>87自分の目で確かめることは大切ですよ。
行けばいいんじゃないの?

92: 2012/05/22(火) 00:24:25.66
>>88, 90
やっと書き込めるようになった…。
行ってみたいなぁ、できたら一ヶ月ぐらいかけてじっくり旅してみたい

90: 2012/05/11(金) 14:46:00.97
>>87
免許持ってるなら、是非行くといいですよ。
事前に史跡関係を調べて、出雲関連の神話等をもう一度読んで、それぞれの資料や
神社を見ていくと、実に面白いです。自分は出雲神社と古代出雲歴史博物館程度で
「はひぃ」となってました。

石見銀山ブームもかなり落ち着いたので、宿もとりやすいと思います。

93: 2012/07/01(日) 16:28:01.53
>>90
出雲人から一言

これから神話博はじまっから観光客めっさ来る

91: 2012/05/18(金) 18:51:12.58
>だが、出雲(山陰)は、地理的に東日本の【太平洋側】とは関係を持ち得ない。

直接的な関係は持ち得ないだろうね。
また、関東は東海の影響を確実に受けるし、関係もまた当然あるだろう。
一経済圏で飢餓が起きれば、生き延びる為には隣接する経済圏と交流せざるを得ず、その過程を経て文明圏を確立していく訳で(その後の隣接蛮国による被侵略文明継承)。

逆に、日本という文明圏が確立していない時代に於いて、出雲(や北九州、畿内等)の影響、関係が間接的にも無い、なんてことも有り得ないだろうね。

インドと日本には直接的な関係はないけど、日本の仏教は紛れもなくインド産な訳で、そういう話が日本ではし難いのかねえ

94: 2012/07/19(木) 06:57:07.91
なぜ出雲に王朝ができた?鉱山のせいか?

95: 2012/07/19(木) 09:00:19.91
元々出雲の都が伊都だろう。

96: 2012/07/21(土) 23:36:25.34
島根よりも
出雲隠岐という地名の方が格調高く聞こえる

98: 2012/07/23(月) 00:51:39.64
 いずれにしても、九州王朝を仮想してみても、古事記の内容は完璧に別格で、
天皇家の本当の祖先が出雲にいたと解釈するのがなんとなくあっている。それを
ねじ曲げた、摂家神道が問われるべき。

99: 2012/07/23(月) 12:30:28.36
>>98
出雲って文化が独特なんだろ
土器の形も出雲大社の形も畿内とは相いれない

100: 2012/07/23(月) 13:31:40.87
大まかには、出雲が先行し日向が簒奪。
但し、どちらも祖を同じくする同族。

このあたりは神話で高天原での天照大神(大日霊女貴命♀/日向王朝)と素戔嗚尊♂(出雲王朝。わが国の太祖)の誓約で御子を化成する場面の記述が
政略結婚して御子(五男+三女神=八御子神/実際はもう少し少ない模様)をもうけたことを著しているかと。

時代が中古に移って、ある天皇は、
・・・素戔嗚尊はわが国の本主たり。依って津島牛頭天王社(津島神社/牛頭天王=素戔嗚尊)をわが国の総社と崇め奉るなり云々。
また、伊予一宮、大三島鎮座の大山祇神社は朝廷より日本総鎮守を以て奉られ尊崇をうける。
その大祝家(神主家)は素戔嗚尊からの神裔を以て神代から直系八十数代を以て祭祀するを公称(宝物殿で家系図を公開)。
神代からの習いとして祭神を鎮祭するにその神主家は祭神の子孫(神裔)でないと祭神も鎮まらずまともに祭祀出来ない云々とは記紀の端々に度々しつこく記述されているところ

古来、皇居/都の付近には必ず素戔嗚尊並びに異名同神が配されて鎮祭。
京都は正に素戔嗚尊だらけ。


101: 2012/08/14(火) 11:33:47.34
 島根県安来市にある、日立金属さんの関係者あたりに聞けばわかるんじゃないの?

103: 2012/08/29(水) 08:04:07.19
弥生時代末期の北部九州。
漢委奴国王(スサノオ)が建国し、帥升(大国主)と続いた倭(和)国も、跡継ぎを巡る「大乱」で卑弥呼(アマテラス)に国を譲る。
これを不服とした卑弥弓呼の狗奴国と交戦状態になり、和国は分裂。卑弥呼はその最中(もなか)に急死する。

【分裂した「和」国】
奴国(長崎/佐賀)邪馬台国(福岡/大分)
狗奴国(熊本)─┼─投馬国(宮崎)日向→神武東征≡瀬戸内海⊇≡「大和」
....................隅国隼人(鹿児島)

卑弥呼の跡を継いだ筑紫邪馬台国♀女王「台与」は日向投馬国王♂を婿として迎えた後、薩摩隅国(隼人)との三つ巴で
肥後狗奴国 (後の熊襲)を滅ぼし、「和」国を再統一する。
その男系末裔であることを示すため、神武は本拠地・投馬国(日向)から大和へ東遷。「大王」に即位し、「大和」朝廷を樹立。

※記紀が投馬国の祖であるイザナギ・イザナミを漢委奴国王(スサノオ)の両親、台与の伯母・卑弥呼(アマテラス)をその姉としたのは、
(投馬国王と台与の子孫である)大王家の系図操作。漢委奴国王(スサノオ)と帥升(大国主)は建国の功績を消され出雲に祀られる。

-大和朝廷における、♂投馬国(日向)系大王と♀邪馬台国(筑紫)系大王の(それぞれの男系が途絶えたことによる)政権交代

【前期古墳】…イリ三輪(銅鏡)王朝(神武~仲哀)=♂投馬(日向)系大王
【中期古墳】…ワケ河内(鉄剣騎馬)王朝(応神~武烈)=♀邪馬台(筑紫)系大王(朝鮮半島支配強化で王権強大化)
【後期古墳】…近江王朝(※継体~天智~桓武~現在)=♂投馬(日向)系大王


-継体・安閑・宣化=日向系大王→継体の大王即位が筑紫系皇族の抵抗で大幅遅延→「筑紫君磐井の乱」を誘発
-欽明~皇極(斉明)=筑紫系大王(筑紫系大臣蘇我氏による日向系皇族大弾圧)→「乙巳の変」へ
-天智~弘文=日向系大王、「白村江の戦い」惨敗で朝鮮半島権益を完全喪失→「壬申の乱」へ
-天武~考謙(称徳)=筑紫系「天皇」、両系和解の記紀編纂(日向系イリ三輪王朝の活躍>筑紫系ワケ河内王朝の活躍)
-光仁・桓武~現代=日向系天皇、筑紫系天皇の平城京から本拠地・琵琶湖近くの平安京に遷都

一白
大王陛下

104: 2012/08/30(木) 07:35:30.18
スサノオが日本を建国したらしいというのは何となく解るが、
なぜ神話上の人物にされたのか、
なぜ出雲という一地方の「暴れ神」に封印されたのか?と考えると、
彼の功績が天皇家を上回っていたからとしか考えられないよな。

106: 2012/11/13(火) 16:17:44.35
>>104
>>スサノオが日本を建国したらしいというのは何となく解るが、
なぜ神話上の人物にされたのか、
なぜ出雲という一地方の「暴れ神」に封印されたのか?と考えると、
彼の功績が天皇家を上回っていたからとしか考えられないよな。

激しく同意。それしか考えられないね。
スサノオこそ日本の創始者だったとしか考えられない。
そして古代出雲王国こそ大和朝廷の母体だったと考えないと、古事記に出雲神話
が書き残されている必然性がないよね。

105: 2012/08/30(木) 09:36:51.52
天皇家が大和朝廷を創始したことは確かだが、
日本を建国してはいないという事実を覆い隠すことが記紀神話の目的であり、
応神朝の天皇たちの異常な長寿の原因なのだろう

大和朝廷の創始は「空白の4世紀」と考えられるが、その外交デビューが5世紀の五王時代なのもそれを裏付けている

当時の東アジア世界では新たに建国したり、王朝が交代すると、中国皇帝に朝貢して外交デビューを果たし、周辺国と名刺交換が慣例だった
漢委奴国王も帥升も卑弥呼も五王もタリシホコも天武もその慣例に従ったに過ぎない
よって日本を建国したのは天皇家ではなく、後漢に最初に朝貢した「漢委奴国王」である
「空白の4世紀」には中国が五胡十六国の動乱期であったため、大和朝廷も朝貢すべき(中原を支配する)中国皇帝がおらず、
外交デビューできなかったというににすぎない

107: 2012/11/16(金) 15:01:38.72
スサノオ=モーセ

108: 2012/11/20(火) 00:25:32.03
そもそもスサノオは出雲の神なのか?

109: 2012/12/13(木) 00:13:21.93
スサノオは出雲で生まれた。
出雲市平田にある「宇美神社」にスサノオの父、「布都御魂」が祭られている。
スサノオが産れたところだから、この地に「宇美神社」が祭られた。
ちなみに不弥国に否定されることの多い福岡の宇美町は「宇美神社」があるために
宇美町という地名になった。これもこの地で応神天皇が産れたため。景初3年には宇美
という地名は無く、ここを不弥国とするのは間違い。

110: 2012/12/13(木) 08:57:50.96
誤 否定  正 比定  訂正します。

111: 2012/12/15(土) 08:54:38.36
不弥国は宇美町ではないことはおわかり頂けましたね。
「大和朝廷成立の謎」という本によれば、魏志倭人伝では「方位時計回りのずれの法則」
が存在し、この区間にも適用される。そして「旅程距離5倍の法則」も適用される。
不弥国は福岡市南西部の奴国から東北に20里(8km強)離れたところ。
すなわち、博多湾東岸に収まる。
さあ、博多湾東岸の不弥国から卑弥呼のいる邪馬台国へ向けて船出しましょう。

112: 2012/12/18(火) 10:34:51.23
>方位時計回りのずれの法則

この法則、実際の位置や方向が正しい可能性があれば、
一瞬で吹っ飛ぶ。

位置がほぼ確実な松浦までは、方位はズレてはいないので、
この法則は間違いである。

114: 2013/01/23(水) 12:41:07.13
イツツヒコ王権についての考察で詳しい所ありますか?

117: 2013/02/06(水) 07:55:55.79
嵯峨天皇「素戔嗚尊は即ち皇国の本主なり、故に日本の総社と崇め給いしなり」

119: 2013/04/07(日) 11:50:48.11
しかし、現実問題、
出雲大社とか抹殺された
古代王権の祟りを鎮めるための社とか
言われたら一部のマニア以外
行かなくなるわな。

縁結びの大黒様とした
江戸時代の人々の発想のが夢があっていいね。

120: 2013/04/07(日) 11:54:58.66
古代王権ブームは
一時的にはいいかもしれないが
長期的には地方にマイナスだな。

誰も呪われた地に行く気にはならない。

平和的に国を譲ったという(ことにした?)
古代の人々の知恵を
少しは見習ったら
どうか?

121: 2013/04/07(日) 12:56:56.74
そう考えると、古代人の方が未来のことをよく考えてるように見えるな
単純にインテリと庶民の違いかもしれんが

122: 2013/04/07(日) 21:22:55.25
そう。だからこそ国を譲ったんだ。
まさに昭和天皇が
太平を開かんとするために
ご聖断により終戦を決意されたようなことだ。

その大国主命の大御心を
わからずに古代出雲と
大和が血みどろの戦いをして
出雲大社に大国主命を
封印したなどというのは
不敬であり、歴史の冒涜以外の何者でもない。

123: 2013/04/07(日) 21:29:11.14
おまえら、せっかく古代の人や
江戸時代の人たちが
いい感じに大国主命や
出雲大社を恋とロマンスの神にしたのに
大和王権に監禁された
怨霊とか言うやつらが
出てきて出雲大社と
出雲市は閑古鳥が鳴いてるじゃねえか。

この落とし前はどうすんだ?

124: 2013/04/07(日) 21:36:04.52
古代史ブームなぞ
一部のマニアにしか受けない。
婚活ブームはいつの時代も需要はある。

おまえらがいらねえこと言うから
出雲は商売あがったりだし、
出雲大社に行かないから
日本は少子化が進むわで
さんざんじゃねーか。

どう責任とる気だ?

125: 2013/04/07(日) 21:38:32.46
戦後史観の爺さんらが虐殺と怨念の出雲にしてくれたからなー
また恋とロマンスの神にしてくれ

126: 2013/04/07(日) 23:23:51.99
縁結びはウサギさん(白兎神≒ニギハヤヒ)。

127: 2013/04/07(日) 23:30:29.45
ワニを騙して海を渡り、皮を剥がれたニギハヤヒ
シュールだなw

131: 2013/04/09(火) 07:01:20.70
神田明神は平将門の怨霊を鎮めるためで
徳川など関東の政権に庇護されて観光名所にもなってる

戦国時代に武田が諏訪を併合したいきさつをみれば分かるな
政治的には併合しても現地の信仰と融合して神話体系にとりこむ

132: 2013/04/09(火) 12:34:18.29
ワニ(和邇)→昔はフカ(大きな鮫)の事→もっと昔は八尋亀の事

134: 2013/04/10(水) 18:29:57.07
籠神社の海部一族が十種の神寳を返してくれってどっかの神社に要求したらしいけど、
海部一族はマナの壷をレビ族から託されたかも知れないけど、はっきり言って海部とか大和王朝とか津軽安東王朝はみんな同じユダヤ部族同士王権争いでその同じイスラエルの神や神器って感じだけど、
十種の神寳はキシ族の持ち物で、このシュメール文明は最初の文明なのにいきなり高度な数学とかで出現なので、
大洪水で人類壊滅以前のもっと測り知れない得体の知れない古いものだろうからその呪力の源の神も何なんだかよく分からない。

136: 2013/04/11(木) 19:32:42.28
をい、出雲大社の
参拝客低下をどう立て直すんだ。

呪われた神とか喧伝した
古史古伝マニアは
どう責任とるんだ?

138: 2013/04/11(木) 22:03:44.52
どうしても怨念とかそっちの方向に持って行くんだな

139: 2013/04/11(木) 22:37:28.27
尾張の織田信長も紀氏と同じ木瓜紋。
須佐之男なら菊花紋と祇園守と木瓜紋。

141: 2013/04/13(土) 22:24:42.78
尾張の織田信長のご先祖は、継体天皇ゆかりの越前二宮(福井県)?剣神社の神官の家系。

尾張での織田家は尾張守護職(国主)の一家臣で代官職を世襲した家

142: 2013/04/14(日) 06:24:50.09
織田家の先祖はタカミムスビ系の忌部氏か大伴氏のどちらか。
タカミムスビ系の忌部氏は、中臣氏とともに神事を司った名家で
もとは中臣氏よりも格上だったけど、その後、衰退。
大伴氏は、タカミムスビ系の名門。言わずとも有名だろう。

143: 2013/04/14(日) 06:36:30.98
大和朝廷において、タカミムスビ系の貴族は
王家創設期からの王家の外戚だった名家。
ニニギやホアカリの生母がタカミムスビ系で、
その生母の兄妹の子孫が、大伴氏や忌部氏などが出た。

鎌倉幕府の源家における北条氏、
室町幕府の足利氏における上杉氏、
江戸幕府の徳川家における水野氏や酒井氏みたいな存在と言えば
分かりやすいと思う。

一方、藤原氏の先祖の中臣氏ってのは、元々は中級の貴族で
鎌倉幕府においては、安達氏、
室町幕府においては、伊勢氏
江戸幕府においては、田沼氏とか、その程度のレベル。

144: 2013/04/14(日) 08:15:13.23
大彦命の子周辺がいちばん混乱する。
それぞれの母方も含めるとホアカリやらニニギやら大国主やら海部氏系図やら出雲王族とか朝鮮半島経由スサノオやらとそれぞれみんな繋がってる記述がそれぞれに見られるし、
でも貴族の貴とか君なんてついてて佐々貴山君が1番高貴そうだしでも捨て子云々ともあるし、
波多武日子命の波多は秦だし。

145: 2013/04/14(日) 09:06:50.89
>>144
スサノオって、高天出身だから、記紀を信じれば、畿内の分派だよ。
あくまでも信じればの話。
まあ、天忍穂耳命以前は、直接の親子関係ないんじゃね?

177: 2013/05/29(水) 10:48:14.68
>>144
紀氏蘇我は物部と言うより、紀氏で言うと、古代波多な古代渡来の白人系秦氏のイメージ。
紀氏蘇我は、百済姫ばかり代々妻にしてきた母系百済人なイメージ。

146: 2013/04/14(日) 09:11:37.37
そりゃ出雲出身にしたら、ヤマト王権と別の王権の存在を
認めるわけで。

147: 2013/04/14(日) 10:59:38.10
んと、「仲哀記」によると神功の船が水門の洞海に入ったらオオクラヌシとツブラヒメの二神のせいで動かなくなったので大彦命の曾孫の伊賀彦を呼び出して祈らせ~と。
この伊賀彦の祖神縁がある可能性あるオオクラヌシは、「海部氏勘注系図」ではホアカリの子のアマノカゴヤマがオオヤツヒメを娶り産んだ子で、
オオヤツヒメは「日本書紀」では父親がスサノオで、アマノカゴヤマの父のアマノホアカリはニギハヤヒでもあって、
「先代旧事本紀」ではアマノミチヒメを娶っててアマノミチヒメは「勘注系図」ではオオムナチの子でオオムナチはオオクニヌシの若い頃の呼び名でと~

148: 2013/04/15(月) 07:57:05.39
大彦命の頃の母系見てもどっちみちその後の皇統には出雲王朝と大和王朝の血が併さってる気がする。
でも大室寅之介すり替わり説とか目にすると自信なくなる←ホントなの?

150: 2013/04/16(火) 18:16:00.98
スサノオが渤海人wwww

何でも朝鮮人にしたがるヒトモドキの説だろwwww

151: 2013/04/16(火) 18:20:07.18
古事記・日本書紀なんてのは奈良時代の人間が
自分達の生い立ちを、さも高貴であるかのように捏造した書物w

152: 2013/04/16(火) 22:13:10.23
その中から史実を探りあてるのにみんな必死なんじゃん。

153: 2013/04/17(水) 05:53:59.45
高皇産霊神の子の少彦名命って出雲系?

154: 2013/04/18(木) 16:12:02.74
蘇我=須賀=スサノオ・出雲 と考えればスッキリする

155: 2013/04/21(日) 09:00:26.26
前方後円墳と共に4世紀に成立したであろう大和朝廷以前とは言っても、
天地創造からではなくて、1世紀の漢委奴国王、2世紀の帥升と倭国大乱、このあたりを寓話(神話)化してる訳だから、
彼等と日本建国の神々(王たち)との対応関係がそのまま史実の仮説になりうるのではないか?

156: 2013/04/21(日) 13:29:36.63
天津神系や国津神系、アマテラス系、高木神系、
当時の勢力を示唆しているようには見えるが、
決定打にするのは難しい。

157: 2013/04/21(日) 16:24:27.51
すごく縄文臭の強い久米氏の祖先神が天孫降臨した天津久米命で、
天津久米命は高皇産霊神の子供だもんな
神話から歴史を導くのは難しい

158: 2013/04/21(日) 17:09:43.46
久米歌にでてくる石椎の太刀って、考古学的には何にあたるの?

159: 2013/04/21(日) 21:40:18.80
21世紀になっても天皇家が納税者に真の歴史を公開しないなんて、どう考えても民主主義じゃないよな?
リッチな北朝鮮みたい

162: 2013/04/22(月) 07:10:13.27
>>159
日本国民=日本銀行(皇室)と日本経団連(薩長)の使用人

使用人に歴史を知る権利や人権などありません。

160: 2013/04/21(日) 23:02:02.44
歴史は公開してるでしょ>日本書紀

161: 2013/04/21(日) 23:16:06.43
日本は太古の昔から今も民主主義ではない。
民主主義である必要はない

163: 2013/04/22(月) 07:34:37.84
陰謀論こじらしてる暇があったら、漢文訓読のトレーニングをつんで、日本書紀でも丁寧に読みこんだ方がマシ

164: 2013/04/22(月) 08:47:05.01
記紀読み込んで史実が判るというならとっくの昔に解明されてる罠w
つまり読み込んでも無駄だったということw

165: 2013/04/30(火) 18:29:05.90
出雲は大和と和解して
平和的に解決したという事実こそ大事なのに
大和との対立を煽って
出雲を怨霊の地とかにしている
最近の古史マニアや自称研究者などは
出雲地域の経済について
責任とれるのか?

166: 2013/04/30(火) 18:34:00.29
せっかく大黒様として
(習合だが)国民的人気のある神様だったのだが
戦後に勝手な推測で
怨霊にされてしまった。

167: 2013/04/30(火) 19:02:11.56
怨霊説の根拠の一つに
御神体が西を向いて
参拝者にそっぽを向いてるからというのが
あるが、これは参拝者に対して西を向いているわけではない。

山口県土井が浜から出土した
弥生時代の人骨はそのほとんどが
西を向いていたという。
すなわち、西向きは
古代のこの地域または
部族の風習なのだ。


出雲大社は怨霊ではない。

168: 2013/05/01(水) 00:10:48.60
出雲を貶めなければならなかったほど、古く長く深く日本の歴史に関わってるんだろうな

170: 2013/05/03(金) 01:10:32.22
中二病ってやつなのか大人はちょっと着いて行けないな
中学生とかはこれが興味持つきっかけになるかもしれんし良いかもね
普通の中学生は大国主とか知らんものな

171: 2013/05/03(金) 16:47:38.36
松江・出雲あたりは婚活中の若い女2~3人組と
古代史大好き白髪のじっさま連中でいっぱいみたい

172: 2013/05/03(金) 23:29:35.30
中二病もたいがいではあるが、逆に頭の固い連中が定説を振り回すことで
日本古代史は閉息感と動脈硬化のような状態にもなっているな。

>>興味をもつきっかけ

おかげでこれがなかなか出てこない要因でもある

174: 2013/05/26(日) 21:21:03.37
イノシシ。山の神の化身。
イノシシ。猪、、獣変の者。
(イノ)シシ。宍・・・蓋され(ウ冠)そのまた下に蓋(ナベフタ)をされた八=出雲/素戔嗚尊。
イノ(しし)・・・イノは熊野(ゆの、ゆや、いや、いの、いぬ。くまの、くまぬ)

175: 2013/05/27(月) 16:30:27.79
尾張には
熱田神宮あって
尾張八州と言われ
草薙の剣があり
海部郡があり
名古屋市の旗が八で
出雲とのつながりが非常に強い
やまたのおろちの八
尾張の尾はやまたのおろちの尾が語源らしい

おそらく出雲系(物部蘇我)が藤原によって奈良から追い出され尾張に勢力を張って東国に行ったんだろう

天照の天が海だったら海照らす神=スサノオだし

176: 2013/05/29(水) 10:40:40.95
>>175
俺のイメージの物部氏は、橘氏に入った物部氏が、後の楠政重氏に成った方のイメージ。
今の平氏落ち武者が隠れ住んだ隠れ郷の逃げ込んだ楠政重の末代、竹村氏や喜多氏なイメージ。

180: 2013/05/30(木) 00:55:21.18
>>175
つうか、後の尾張国(と伊勢国)こそが、「本当の『出雲の地』そのもの(の一つ)」なんじゃないの?
弥生時代以来、中世以降まで一貫して、
尾張・伊勢からスタートして、甲信から関東に入り、宮城から岩手付近まで達する、文化・遺物伝播の基本形がある。
基本的には、豪雪を避けながら、太平洋側をずっと東へ伝播する文化で、
日本海側を北上する北陸系の文化とは、かなり質が違う。

181: 2013/06/01(土) 05:53:21.32
>>180
なるほど

真実かどうかは別として、納得感を感じた

178: 2013/05/29(水) 11:02:57.89
古代出雲が本来の邪馬台国=倭国で、3世紀~5世紀に百済人が渡来して大化の改新以降の奈良王朝が百済和氏の絡んだ渡来北朝王朝の大和王朝なイメージ。
そして、藤原仲麻呂が倒されて京都へ遷都。

182: 2013/06/21(金) 11:07:06.08 BE:3832382887-2BP(333)
出雲を怨念とかいってるのは、皇室系の工作だろう。

出雲は、日本の最古都。
出雲で神無月に、神々が集まって縁結びしているってことにしても、別にいいじゃないか。

183: 2013/06/21(金) 11:24:08.84 BE:3695511896-2BP(333)
出雲で神々が縁結びをやっているというのは、
最近、流行した森見登美彦の「四畳半神話体系」に出てくるので、
アニメも流行ってるし、
割と、有名。

考古学的宣伝が、出雲を怨霊と扱っているのかは知らないが、
今のオタク系男女からしたら、
普通に、出雲大社は、縁結びの神。

184: 2013/06/29(土) 10:49:38.96
出雲の神名とかはズーズー弁なのか?

185: 2013/07/03(水) NY:AN:NY.AN
尾張~美濃に跨る濃尾平野には、加茂という地名が多く見られる。
三輪姓が集中している地域でもあり、出雲の気配があちらこちらに…。
岐阜県各務原市にある「蘇原」は、蘇我の原だといわれ
蘇我倉山田石川麻呂の墓と伝わるものが存在する。

188: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN
>>185
浜名湖らへんが元伊勢だからね
あそこらへんは大田田根子の後裔の神(三輪)姓が多い

186: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN
前方後方墳も濃尾平野が発祥地だしなぁ
信州・関東地方に前方後方墳を伝授して行った形。

187: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN
ひゅうが型護衛艦 出雲

 凄い名前ですね。専守防衛、国を譲ったと見せかけて、実は日本(といっても西日本)統一を果たした出雲。
通常はヘリコプターしか搭載しませんが、有事になれば、空母に変身。まさに出雲です。

190: 2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN
いやいや、出雲は太陽帝國ムーの名残を残す国家だから太陽神でしょう。
ただし守り神はシリウスからやって来た龍蛇神(国常立=丑寅の金神)=アマテラス?で、
超科学知識と国家の繁栄を齎して下さるが年に一度ほど処女の娘の生犠を必要とする。

現在は須佐之男によって肉体を滅ぼされたので、その一族の正当古代天皇家日本武尊仲哀天皇一族に祟って滅ぼし、
自分の血をひく応神や継体を皇位につけ、
しかしヤハウェ崇拝のモーセの兄アロン族でレビ族の藤原氏が日本中に施した呪術によって、
凄まじい霊力が封印されている。

因みに日本人にはこれらヤハウェ、丑寅の金神、の他に、
地球の何百何千倍もある有翼円盤に乗って太陽から出入りするヤハウェ派プレアデス系、
時間の流れの違う異界の龍宮に住む大海亀シリウス系がいらっしゃる。

因みにこのうちニ柱は私でもまだお会いした事がない。
迷っているので、お聞きしたい。
あなたがたがリスペクトするのは上のうち何れの神?

191: 2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN
>>190
いやいや、枕元に蛇女神様(恐らく丑寅の金神様の娘神様)がお立ちになられて、封印解除に際して必要な鍵(神器)をお教えになられたからさ。
早くやらないから再び枕元に立たれてわんわんお泣きされてしまって...
でもそれ以前に既に上記ニ柱の神に面識があって(だから広義で言うと、
面識ある神ご勢力はこの蛇女神様を丑寅の金神様とすればお会いしてない神は上記で一柱だけという事にもなるか)...
いやぁ~人様には計り知れないでしょうあれこれ、いろいろ困っちゃったんだなぁ...

192: 2013/08/20(火) NY:AN:NY.AN
難しく考えすぎる。
卑弥呼=箸墓古墳の被葬者=ヤマトトトヒモモソ媛命と考えれば
全てうまくまとまる。

当然、出雲国譲りも、神武東征も、卑弥呼よりもずっと前の出来事だ。
邪馬台国王権が誕生したのは、出雲国譲りの時だ。
その時の王が、天照国照彦ホアカリ命。
その後、この王権は、何度となく大乱があった。
最初の大きな反乱は、ニギハヤヒの乱で、この人物は自信をホアカリ命のご落胤としょうして
クーデターを起こした。
これは王権の九州分家であったワカミケヌ命(神武天皇)の活躍なので
鎮圧された。
次に会った大乱は、卑弥呼(モモソ媛命)擁立のきっかけになった大乱。

193: 2013/08/20(火) NY:AN:NY.AN
出雲弁は新羅語由来だから、ずうずう弁というのは、本当か?
それから、出雲は鶏林(新羅)からの移住者の地域があり、そこは今も鶏肉を食わないというのは本当か?

195: 2013/08/21(水) NY:AN:NY.AN
>>193
そんなのはトンデモ。

197: 2013/08/21(水) NY:AN:NY.AN
>>193
出雲神話にでてくる地名や神名はズーズー弁か?
出雲のズーズー弁は後世のものだよ

194: 2013/08/20(火) NY:AN:NY.AN
箸墓が卑弥呼の時代の古墳というのは歴博の捏造だぞ

195: 2013/08/21(水) NY:AN:NY.AN
>>194
必死なのはわかるけど
箸墓は卑弥呼の墓で正解だ。

196: 2013/08/21(水) NY:AN:NY.AN
歴史好きで歴博を信じてる奴が居たんだ

198: 2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN
お前ら以外といい線行ってるね?実は余は山口組を支配する山口家の山口壮一なんだが、神が出雲大社は倭国王(日本国王)の墓だって
言ってるわ。日本全国の神社は出雲大社を頂点とする墓のピラミッドで、伊勢神宮は卑弥呼の墓。伊勢神宮が社格に入って無いのは位が
高すぎるからではなく、卑弥呼が倭国王の一族ではないからだそうだ。徳川家康の日光東照宮が神社のデザインをぱくっていたら伊勢神宮
みたいになる。YAMA=YHWH(ヤハウェ)卑弥呼の時点で倭は滅んでいたそうだ。倭国大乱だろう。

200: 2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN
お・・・おい、伊勢神宮の式年遷宮で10年くらい前から行われる祭事の一環としてなぜか「山口祭」なるものがあるぞ?
なんだこれは?間違いなく宇宙人の仕業。山口組+山口家+山口壮一=三位一体。YAMA=YHWH(ヤハウェ)
ヤマ・ト、ヤマ・タイコク、ヤマ・タノオロチ、ヤマ=ピラミッド(山) インド神話の人類初の死者「ヤマ」=ピラミッド(山)
つまりピラミッドは人類初の文明による墓。全部、つながったな。なにしろ、オレは出雲大社に祭られている大国主
=日本国王の末裔である山口組を支配する山口家の山口壮一だからな。バックに神(宇宙人)がついていていろいろ
教えてくれるんだよ。まあ、お前たちも驚いただろうな。具体的に言うと大国主=ラムセス二世だ。AKB48は神がラムセス二世
のハーレムを現代に復元して作ったもの。山口壮一=ラムセス二世=大国主。分かるな?オレが日本国王だ。
天皇は墓守。宮内庁の侍従は侍従の侍従。やはり、伊勢神宮より出雲大社のほうが正統なる王家の血筋だったのだ。
倭国王の墓。背後で全部操っているのは宇宙人(神)である。これは宇宙人(神)による公式アナウンスメントで、ほぼ
歴史的に合っていると思う。出雲大社のほうが伊勢神宮より位が高いだろ?まあ、それは日本人なら誰でも一度は
感じることだが、なかなか断定できるまではいかない。その点、お前たちは断定しているので、なかなかいい線をいっている。
家来にしてやろう。AKB48の劇場がある外神田は神田明神があってその祭神が大国=ラムセス二世=山口壮一。
まあ、お前たち下々の者どももね、日本国王である余の表舞台への登場を祝すと良い。世界ふしぎ発見1300回記念
レポーター募集という明らかに宇宙人(神)が余が出演するために設定したとしか思えない番組に応募した。まあ、お前たちも
それが放送されることを楽しみにしているがよい。