1: 2011/10/05(水) 20:59:10.66
日本の刀剣、鎧兜、装束などを語りましょう。 

引用元: ・日本の刀剣武具甲冑について語る其の2

3: 2011/10/05(水) 21:22:17.69
日本軍の軍備なら自衛隊の装備もよいのかな。
軍服とか銃火器一般とか。

4: 2011/10/08(土) 22:38:11.84
時代としては江戸期まででしょ。
つか話題がないのか、前スレも長いこと書き込みがなくて落ちたよね。

5: 2011/10/09(日) 17:04:14.32
弩はどうして日本では定着しなかったのか?

6: 2011/10/09(日) 17:10:38.85
>>5
もともと幼少の頃より弓矢などの武芸の
修練を積んだ「武士」が台頭してきたので、
その結果その「武士」は高価で制作にかなりの技術が必要で面倒な弩を態々
武具として揃えることに魅力を感じなかったから。
(武士は最低でも3人張りの弓を使用する)

7: 2011/10/09(日) 19:48:41.96
持ち盾、弩、投げ槍、尾布付きの手投げ剣、フレイル、
古代の戦車から両刃の直剣までなぜ日本に定着しなかったのか?

8: 2011/10/09(日) 20:12:21.50
日本は山が多くて平地が点在。
しかも狼が多く(天敵も競合相手もいない)人里の移動は困難。
だから言語(方言)も多様。
 
その状態で地域の支配者が他の地域を攻めるにあたり人的損害は出せない。
日本では殺傷した住民に換えて移民を充てる訳にはいかないからだ。
2千人の動員を誇る軍団が一戦で500人も損耗したら補充も出来ないし防戦も難しい。
だから戦いでは死者が出ないような方法が選択されて武装も倣ったのだろう。

9: 2011/10/09(日) 20:58:34.06
>>8
根拠は地形だけ?

10: 2011/10/09(日) 21:14:55.67
>>9
むしろ
>狼が多く…
そんなに狼って恐いの?

11: 2011/10/09(日) 21:27:48.21
>>10
狼は怖いだろ。日本には狼だけはガチ、ということわざもあるくらいだし。

12: 2011/10/09(日) 22:37:58.05
餓狼伝説なんて伝説があるくらだからな。

13: 2011/10/09(日) 23:59:46.73
おっかねーもんで
徹底的に狩り込んで
絶滅させたくらいだしな。

14: 2011/10/10(月) 00:29:26.79
なんで狼や熊と戦うときに役に立たない銃を使うんだろう。
日本刀で戦えば楽勝なのに。

15: 2011/10/10(月) 13:46:44.09
なぜ日本では狼を兵器として活用しなかったのだろう。
狼を使えば楽勝なのに。

16: 2011/10/10(月) 21:43:44.72
飢餓伝説

17: 2011/10/10(月) 22:30:02.91
狼はあまりに危険すぎるので兵器として使うのは禁止された。

19: 2011/10/19(水) 17:43:27.74
琉球時代は、刀身だけ輸入して外装は自前らしいぞ

21: 2011/11/01(火) 13:37:03.90
時代劇で甲冑に刀で切りつけて「うわぁ」と死んでしまうコントのような描写が多すぎ。
なら甲冑要らんじゃん。

23: 2011/11/14(月) 14:09:03.75
来年の大河「平清盛」はちゃんと合戦シーンあんのかな。

29: 2012/01/25(水) 12:38:44.76
蕨手刀っていうのは国産なの?
渡来人が製鉄技術を持ち込むまで日本には刀をつくる技術がなかったとなると、蕨手刀は輸入品になるのか?
奥州鍛冶という言葉を聞くけど、彼らは渡来人ではない土着の鍛冶なのか?
詳しい人教えてください。

30: 2012/01/27(金) 18:42:52.83
蝦夷が当時は日本人で無かったとかいうような言い方すれば、蕨手刀もってことには・・・なるかいw

古墳の副葬品として出土するわけだから、被葬者が蝦夷だとしても、東北より南の文化の影響を受けてるのは間違いないよ。
こっちの古墳は西日本、関東で古墳築造が廃れてから作られてるからね。

31: 2012/04/23(月) 13:05:06.28
韓国がどうこういうネタがないと静かなんだなw

32: 2012/05/01(火) 01:46:48.39
当世具足かっこいい

33: 2012/05/01(火) 03:03:24.72
蕨手刀は全く同じものは大陸にはないが、
同じコンセプトのものならある。
韃靼人の馬上刀がそれで、朝鮮や中国のような鋳造ではなく折り返しの鍛造。
岩手に多い事からも、基本コンセプトは北方ルートで流入した技術だろう。
日本の地理条件では馬上仕様の刀が独自に生まれる可能性は極めて低い。

そもそも韃靼はタタールの事で、製鉄技術の「たたら」の語源。
中央アジアで広く製鉄に携わった民族で、
タタール人自体は強大な遊牧民兼強盗集団だが、鉄職人達はその部族長の財産にすぎなかった。
その重要性から代々職業を固定され、最下層の身分に置かれてこき使われた。
鉄職人はチュルクやアーリア人にもよく狙われ、支配者はコロコロ変わり、流浪と叛乱を繰り返した。

日本の製鉄は朝鮮半島から伝わったのは確かだが、一方通行だったとは思えない。
しばらくすると日本の技術の方が大陸を上回り、優秀な刀剣類は早くから日本の輸出品になる。
その逆転した理由はなんだったろうか。

蕨手刀は奈良から平安期に日本の独自の技術として発展し、やがて日本刀となる。
秋田美人、岩手の南部美人で知られる鼻が高く色白で、眼がうす褐色の特徴は
トルコ系であるタタール人の特徴をよく示している。
奥州鍛冶とはチュルクあたりの支配を逃れて日本にやって来たタタール人だったかも知れないな。



39: 2012/05/30(水) 20:59:07.50
>>33
中国は鋳造だけじゃなくて鍛造もやってる。ソースは「武器と防具 <中国編>」

102: 2012/11/30(金) 17:30:04.85
>>33
『ゆがめられた地球文明の歴史 ~「パンツをはいたサル」に起きた世界史の真実~』
を読むと良いですよ。
書いてあります。

34: 2012/05/03(木) 21:28:30.56
>その重要性から代々職業を固定され、最下層の身分に置かれてこき使われた。
>鉄職人はチュルクやアーリア人にもよく狙われ、支配者はコロコロ変わり、流浪と叛乱を繰り返した。

突厥は柔然可汗国の「鍛奴」だったが支配者に取って代わって大帝国を築いているぞ

35: 2012/05/30(水) 15:14:46.58
NHK平清盛も甲冑なんかは結構いい感じなんだが・・

36: 2012/05/30(水) 15:29:14.42
>>35
為朝さんが胴丸着てるっておかしくね?

40: 2012/05/31(木) 02:40:05.71
>>36
清盛が比叡山の神輿に矢を射る場面も大鎧に兜装備でやってほしかった

37: 2012/05/30(水) 16:50:04.01
>>35
むしろ、実在した大鎧より遥かにショボい見た目の大鎧着せるドラマなんて初めて見ました

38: 2012/05/30(水) 18:02:03.85
>>37
役者の演技が悪いのか、
どうしたらあそこまで安っぽく見えるのかな。

44: 2012/06/07(木) 22:05:45.24
>>35
主要メンバーの兜は大鎧に合うモノが使われてるのに
それ以外のメンバーは胴丸に江戸時代の復古調の兜ってどういうことだ?

41: 2012/05/31(木) 17:13:29.46
清盛はまず風呂に入らないとw

普通の人なら、大袖つけてればみんな大鎧に見えるんじゃね?

43: 2012/06/03(日) 18:38:04.18
鋳物でチェインメイルとか作ってたの?鎖の輪を閉じるのはどうすんだろ?

47: 2012/06/10(日) 16:12:22.92
>>43 チェインメールを構成する部品は、太めの針金を切って円にして、継ぎ目はリベットで留めている。
一つ一つの輪をそのように作るので非常に手間がかかるが、そうしないと重量に耐えられない
鋳物に使う鋳鉄は炭素分が多く、堅いがもろく、粘りがなく割れる恐れがあるので、鎧関係にはほとんど使わない。薄く作るのが困難なので重量的にも不利。
古代ギリシャ時代のヘルメットと胴鎧などは青銅による鋳造。青銅は鍛造ができない。

54: 2012/06/13(水) 06:02:44.56
>>43
だってさ、ヨーロッパに鋳鉄と良質な鋼の製造に必要な高炉が導入されたのは
13~14世紀なのに、ろくに調べていないくせに全ての日本以外の地域の武具は鋳物
だったとか洋鉄は鍛造に向いてないとかいうような言い方する奴をたまに見か
けるからさ。
もし日本以外の地域の武具が鋳物だったら、鉄製の鎖帷子は嘘になるし実用に耐え
うるような板金鎧は造れない鋲も打てない等々の矛盾点が出る。

誰が広めたんだろ。いや、スレチだからやめとくわ。



45: 2012/06/08(金) 17:47:11.07
前にやった「大仏開眼」で恵美押勝の乱をやった時は、主役陣はともかく
脇役は頭形兜をかぶってたよ。

やる気の問題よりは、予算の問題だと思う。

46: 2012/06/08(金) 18:39:11.33
大鎧の縅糸は、糸と糸との間隔が広く下の小札があいだに見える、縦糸取り縅の旧式のものと、新式の縄目縅のものが混在していた。
縦糸取りは、先祖伝来の古い鎧という設定で、清盛、為義などのものがそれ。義朝は縄目縅だった。
ただ、鎧自体の重量感の無さは、いかんともしがたい。

49: 2012/06/12(火) 00:31:18.96
チェーンメイルで思い出したが、武士が鎖帷子を装備しだしたのはいつから?
太平記には鎖帷子を着てる記述があったり、同時代の武将の肖像画には
鎧の下に鎖帷子着てるやつがあったりするけど。

50: 2012/06/12(火) 01:49:59.18
>太平記には鎖帷子を着てる記述があったり、

太平記のどの辺に出てきますか?

51: 2012/06/12(火) 08:22:52.40
近付に随て是を見れば長七尺許なる男の、髭両方へ生ひ分て、眥逆に裂たるが、
鎖の上に鎧を重て着、大立挙の臑当に膝鎧懸て、竜頭の冑猪頚に着成し、
五尺余りの太刀を帯き、八尺余のかなさい棒の八角なるを、手本二尺許円めて、
誠に軽げに提げたり。

52: 2012/06/12(火) 08:25:28.11
爰に妙観院の因幡竪者全村とて、三塔名誉の悪僧あり。鎖の上に大荒目の鎧を重て、備前長刀のしのぎさがりに
菖蒲形なるを脇に挟み、箆の太さは尋常の人の蟇目がらにする程なる三年竹を、もぎつけに押削て、
長船打の鏃の五分鑿程なるを、

53: 2012/06/12(火) 22:27:55.59
>>51-52
ありがとうございます。
鎧の下に着てるのは矢に貫通された時のためですかね?

55: 2012/06/13(水) 11:12:58.37
>>53
それもあるけど、白兵戦対策のが大きいんじゃない?
鎖帷子の記述が出てくる時期と騎馬武者のメイン戦法が
騎射から打物に変わる時期がほぼ重なってるし。

56: 2012/06/13(水) 21:53:40.64
一人は金撮棒なんか持って打物戦やる気満々だしね。

57: 2012/06/14(木) 01:25:08.33
金砕棒相手だったら鎖帷子着ててもあまり意味ない感じはするw

58: 2012/06/14(木) 03:03:43.65
逆でしょ。
鎖帷子着てるような相手だから打撃系の金棒でシバくのよ。

65: 2012/08/21(火) 08:40:11.99
甲冑がそんな簡単に切れるなら介者剣術とか生まれないから。

66: 2012/08/21(火) 09:17:39.16
介者剣術を心得ていれば甲冑でよく武装した相手も一刀でこの通り。

「一五六六年十月二十日付、イルマン・ルイス・ダルメイダが志岐島より耶蘇会のイルマン等に贈りし書翰」
・二十五歳の青年のキリシタン諸人に先登し、謀反人の側より一人よく武装して出でたる者と戦ひ、
シストXisto(青年はかくのごとく称せり)一刀に彼を切殺し、敵の進み来たりし前その甲冑を奪ひ
取りたり。

67: 2012/08/22(水) 08:59:52.44
介者剣術って甲冑自体でなく腋の下や小手裏などを狙って切る戦法なんだけど?

68: 2012/08/22(水) 09:02:50.15
だから甲冑着てる敵を斬り殺せるわけだ。

69: 2012/08/22(水) 20:26:15.91
簡単に切れちゃったら何のための鎧だよ。
戦国時代以前の刀の使い方ってよく解かんないんだけど。
カンジとしちゃ軍記物の様に装甲の薄目な腕や膝回りを叩き切ったり甲冑越しから殴りつけたり
他は何度も突き刺したりでOK?

70: 2012/08/22(水) 22:06:59.98
軍記物なら兜殴りが普通にあるんだよな。

71: 2012/08/22(水) 22:16:05.57
脳震盪起こしてぶっ倒れたのを兜割と称するのはありそうだな

72: 2012/08/23(木) 00:32:18.87
大太刀とかだと「刃の付いた打撃具」みたいな感じだったろうな
南北朝あたりの騎馬武者同士の戦いでは

74: 2012/08/23(木) 09:07:42.02
>>72
打撃具なら身幅は狭く重ねは厚くなるはずだが
実際には南北朝期になると身幅は広く重ねは薄くなり
より切れ味を重視した姿に変わっている。
これを元寇の戦訓と見る向きもあるが、
日本の合戦事情に適合していないなら即座にこんな風潮は廃れたはずであり、
そこには打撃具であることを捨ててまで切れ味を求めなければいけない理由があるはず。
恐らくは増加していく軽装の悪党、足軽に対応したものかとも思う。

76: 2012/08/23(木) 19:29:28.82
>>74
それは、堅物斬り特化の作風から源平期への回帰じゃないか?

77: 2012/08/24(金) 06:37:15.02
>>74
南北朝期にゃ、長大な刀が流行ったというけど重ね薄いのは長大な刀を取り回しやすくするための処置じゃないの?

75: 2012/08/23(木) 11:03:08.54
大鎧ばかりを相手にしてた源平の争乱のころが一番打撃武器してたのかな

78: 2012/09/03(月) 20:36:41.62
毛抜刀ってどんなの?

81: 2012/09/08(土) 09:18:18.38
>>78 持ち手の部分まで鉄で一体に作られているのが毛抜形太刀。横長の透かし彫りが持ち手の部分に彫られて、衝撃を吸収する構造になっている。
この形が毛抜きに似ていたことからその名がある。縁には金銅で伏輪をつけ、外観を整えると同時に持ちやすくしている。
刀身自体の反りは少ないが、鍔元近くに強い反りをつける。蕨手刀と日本刀の間をつなぐ存在と考えられている。鎬作り、庵棟と刃物としての構造はすでに日本刀と同じ。
律令制下の六衛府の武官が用いた。神護寺蔵の伝源頼朝図の武人が佩用しているのがこれ。実物も少数ながら残る。

85: 2012/09/09(日) 23:46:00.16
>>81
詳しくありがとう!うちの県のお寺所蔵されてるのを、美術館で特別展示してあったのでどんなものか知りたかったんだ。

84: 2012/09/08(土) 12:57:55.81
日本刀は目釘で固定しているだけで、柄が刀身と一体化していない造りだから、西洋の剣と違って
耐久性に劣り実用的ではない!

っていうのは昔よく聞いたなあ。
手に受ける衝撃については一切考慮なかったみたいだけど。

90: 2012/09/24(月) 17:28:02.66
鎖ってどうやって漆塗ってるのかな? 編んだ鎖を刷毛で塗っても輪の内側が上手く塗れないだろうし、漆が乾いたら鎖どうしがくっついて動かなくなるよね?
誰か詳しい人教えて

92: 2012/10/05(金) 12:37:46.69
義経の絵でよく見かけるんですが、
太刀の上辺りにぶら下がってる白い輪っかのようなものの
用途と名前はなんというのでしょうか?

93: 2012/10/05(金) 13:11:11.13
白い輪のように見えるあれは糸を巻いたもので迷宮探索のときに使われます。
名前はアリアドネの糸です。

96: 2012/10/06(土) 22:04:47.63
>>93
アリアドネの糸はギリシャ神話なんですね。
wikiを興味深く読ませて頂きましたありがとうござました!

94: 2012/10/05(金) 15:47:38.77
弦巻(つるまき)。
掛け替えのための予備の弓弦を巻いておくもの。

96: 2012/10/06(土) 22:04:47.63
>>94
それでした…!! 資料を探すのに名前が解らず難儀していたので誠に助かりました!!
ありがとうございます!

95: 2012/10/06(土) 00:46:38.60
アリアドネの弾丸

104: 2012/12/01(土) 21:20:43.45
刀匠たちは、新しい種類の剣の創作に挑戦しようと思わなかったのだろうか?
例えば、蛇行剣やクリスのように波打った剣など

105: 2012/12/01(土) 21:26:50.96
海部刀みたいな片切刃+鋸刃みたいな変わり刀もあるけど
あれは一人の刀匠の工夫というより需要で生まれてるんだろうしな。

106: 2012/12/12(水) 01:05:16.92
柳生石舟斎「剣術で槍相手にすんのはきつい」

111: 2012/12/14(金) 12:16:36.95
>>>106
石舟斎兵法百首か。
「謀りと 矢とめ剛臆 長具足 多勢に無勢 兵法のほか」だな。
これだけ見ると役立たずに見えるのがな>剣

108: 2012/12/12(水) 22:58:24.18
かつら甲ってのは何?

110: 2012/12/13(木) 12:23:40.68
>>108
ツタで編んだ鎧

112: 2012/12/14(金) 13:37:29.06
主に新当流系の教えを書く『武具要説』だと九尺(270センチ)一丈(3メートル)くらいの槍だと
三尺の刀に相打ちとか書いてあるな。長さによるんだろ。

取り回しが悪く持ち運びに苦労する3メートルの槍と腰に差しておける刀が相打ちと考えれば
刀を腰に差しておく価値は十分にあるな。

127: 2012/12/15(土) 05:58:26.31
>>112の三尺の刀って定寸が定まる前でもあまりいなかったんじゃね。

113: 2012/12/14(金) 22:46:37.35
刀術を極めれば、凡人が持つ槍に3尺の刀で相討ちすることも
不可能ではない程度のレベルではないかと。
本気で対等に戦えるなら、槍は刀に駆逐されるだろう。

115: 2012/12/14(金) 23:10:50.25
>>113
いや、刀術を極めればとか『武具要説』にはそんなこと書いてないけどw
読んだことない文献を勝手な判断で論じちゃうってのも恥ずかしいわwww

114: 2012/12/14(金) 23:06:30.36
野戦なら槍。刀も使いどころはある
マシンガンと拳銃みたいなもんかと

116: 2012/12/14(金) 23:14:17.08
>>114
3倍の長さがあっても相打ちという点を考えるとマシンガンと拳銃ほどの差はないな。
それに、重くて取り回しが悪く普段は槍持ちに預けておく槍は自動小銃より
もう少し大きめの兵器を想定すべきだろう。

というか異なる時代の全く異なる兵器を無理やり例えに当てはめるって時点で
不毛な例えだと思うけど。

117: 2012/12/14(金) 23:17:36.96
「異なる」が重なったな。「全く別の」とでもしておいてくれ。
近代戦ではマシンガンが一丁あれば拳銃と使い分けなんか必要ないが、
槍は状況次第で刀に譲るところもある。この点も>>114の例えは誤り。


『合武三嶋流船戦要法』
「一 船中太刀打之習之事」
船中の働には鑓より太刀打を賞す。是海族家の古法也。近き勝負故也。
鑓は敵船へ乗移、艫舳を討て廻るに跡先つかへて執まわし不自由也。
太刀はその自由を得により、敵船へ飛乗んと欲せば鑓を捨、刀を抜て艫舳を切て廻るべし。

118: 2012/12/14(金) 23:31:28.64
今川義元に一番槍を付けた服部小平太は義元に膝を切られて
戦闘不能になっちゃうし、実戦では色々あるんだろうね。

119: 2012/12/14(金) 23:48:01.41
日本の槍は切られにくい構造にはなっているけど、
池田屋事件で新撰組の島田魁が槍の柄を切り落とされたから
刀で打ち倒したりしてるんだよな。両方あったほうがいいだろ。

120: 2012/12/14(金) 23:56:20.37
石舟斎「素人の槍なら刀でも勝てる。玄人相手はしんどい」
歴史に名を残す達人でこん位の認識

121: 2012/12/15(土) 00:21:17.40
新陰流の伝書でもそういう場合も勝てないと決まったわけではないというように書いてるしね。
榊原鍵吉と高橋泥舟の勝負のように刀が勝つこともある。
携帯性においては圧倒的に優れた刀が持ち運びに難儀する槍相手に
そこそこ戦えりゃもう十分じゃないのかな?

122: 2012/12/15(土) 00:24:34.28
>近き勝負故也。
>鑓は敵船へ乗移、艫舳を討て廻るに跡先つかへて執まわし不自由也。
>太刀はその自由を得により、敵船へ飛乗んと欲せば鑓を捨、刀を抜て艫舳を切て廻るべし。


間合いが近くて取りまわすのもままならない戦いでは槍は使い物にならないんだね。

123: 2012/12/15(土) 00:31:53.83
程宗猷 「単刀法選」
日本刀法は神秘的だ。
左右への変化がすさまじく誰にも予測できない。
そのせいで槍を持ってしても毎回日本刀に負けてしまう。



中国の槍術なんか日本のものと比べると素人同然なのかな?

124: 2012/12/15(土) 00:49:52.40
武蔵曰く刀はどんなところでもだいたい役に立つ武器。
突き抜けた性能はないが色々つぶしが利く武器ってことなんだろう。

125: 2012/12/15(土) 00:54:04.88
それなら日本の槍術の凄さに関する記述ももっと多いと思う。
むしろ今まで相手にしてきた中国国内の剣術のレベルが低すぎて
対槍まで想定してる日本の剣術に太刀打ちできなかったのではないか。

126: 2012/12/15(土) 00:57:20.77
中国の刀剣より日本刀が優れてるから我々も日本刀を備えるべきだとか
言っちゃうくらいだもんな。

128: 2012/12/15(土) 10:02:50.48
徳川実記に家光が二尺八寸以上の刀は差すなとお触れを出したとあるから
当時は結構いたんだろう

130: 2012/12/15(土) 21:01:55.21
>>128
いや、大して珍しくもないがそれが平均だっつうほど多くはなかったんじゃね→三尺付近の刀
って話

136: 2013/04/30(火) 21:53:30.87
基本的に島津は戦えば必ず負ける軍隊なので毎回圧倒的大軍で敵の反抗を諦めさせてるだけ
例えば伊東崩れと呼ばれる伊東氏滅亡の時も圧倒的な大軍だった。

天正4年(1576年)8月島津義久が率いる30000の大軍勢から攻撃を受ける。
守りを固める伊東勘解由の高原城には370余人ほどの兵しかいなかった。
伊東義祐は城兵を救うべく援軍を出したが、圧倒的な兵数差一戦も行えなかった。
これにより伊東崩れと称される伊東氏崩壊が始まり翌年には豊後へ逃避行をしている。

137: 2013/04/30(火) 21:57:49.15
泗川の戦いなんかも所詮は圧倒的な兵力差があっただけだもんな

138: 2013/05/09(木) 13:03:36.98
坂上田村麻呂は、どんな甲冑をつけて東北に行ったのですか?
大魔神が着てるような甲冑ですか?

139: 2013/05/11(土) 19:33:36.55
>>138
なわけなだろw
中世の大鎧のほうに近い奴着てた

140: 2013/05/21(火) 05:46:02.28
ネット通販とかで刀装具とかがバラで売ってるってことは、やっぱ刀も刃だけバラで売ってて、
あとは自分で目釘穴開けたりして鍔だの柄だの付けろということなのだろうか。
嫌だよ、40万くらいで買った刀が刃だけだったりしたら。
刃だけの物。鍔、柄、鞘の付いたもの。ドスのような鞘と柄の付いた物
などなどの写真が一つの商品にいくつもあるから、どれが現物か解んねえ。

141: 2013/05/21(火) 09:23:31.69
バラして売る方が儲かったりするからな

142: 2013/05/21(火) 20:34:27.72
刀が没収されたから外装だけ売ったんだろう

143: 2013/05/29(水) 05:23:30.96
日本刀の鞘の手入れのやり方知ってる人いません?
刀はそれなりに手入れしてるんだけど鞘の方はやり方が解らないんですよね

144: 2013/05/29(水) 14:32:07.82
塗り鞘には刀を入れっぱなしにしない。
刀は必ず白鞘に入れて、塗り鞘とは別に保管する。刀油が覿面に鞘の漆に悪いんです。
その他は一般的な漆器の保存法と同じかと。

145: 2013/06/12(水) 14:18:57.82
>>144
刀油は漆とは相性が悪かったのですか。
ありがとうございます。これで鞘にも気を遣えます。

146: 2013/06/24(月) 23:43:43.54
柄巻とか鍔を単品で勝ったりする人は自分で白鞘を拵にカスタマイズしたりするのだろうか。

147: 2013/06/25(火) 10:42:10.95
鍔はそれだけで鑑賞、蒐集の対象でしょ。

148: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN
白鞘入りの手入れはそうでもなさそうだけど、拵の手入れって恐ろしく手間がかかりそうだな。
柄巻、目釘うちなんかも自分でやらなきゃいけないわけだし。
大昔の武士って恐ろしくマメだったのかな。

149: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN
モノの手に入りやすさが違うってのもあるよね

150: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN
時代の鉄鍔には柄側の切羽台が朽ちこんでいる物がよくあるが
あれはやはり風雨にあたった錆びで痛んだものなんだろう。
柄袋をかけたくなる気持ちもよく分かる。

151: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN
現代の人たちでも居合なんかやってる人たちは
真剣でけいこするたびに拵えに移して柄糸巻いて目釘打って……
いかん。恐ろしくめんどくさそう。それも稽古の一環なのだろうか。
すごい(小並感)

153: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN
>>151
いや柄糸なんか自分で巻かねーし(´・ω・`)
いちいち白鞘から拵移し変えたりとかもしねーし
ずっと拵に入れっぱなしだから

154: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN
>>153
痛んだりしないのか。結構丈夫なのな

155: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN
>>153は居合か剣術に心得があると見受けたけど、
刀って最初は白鞘に入っているものじゃないのか?
一度拵えに移し替えたらあとはそのままにするにしても
一度は柄糸を巻きなおしたり目釘打ちしなきゃいけないんでないかい?

159: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN
日本刀は過保護にしないとダメになる。と勝手に思ってたが案外丈夫なのな。

161: 2013/09/11(水) 19:22:31.71
>>159
江戸時代以前のお侍は、一日中刀を差して歩いていたんだし。
帰宅したら白鞘に移していたとも思えない。

160: 2013/09/11(水) 10:30:51.76
よく分からないんですが、陣太刀ってどうやってはくの?
紐でさらしに巻き付ければいいんですか?
素朴な疑問・・・

163: 2013/09/25(水) 20:27:27.16
人を斬った後に白鞘で休ませると聞きます。

172: 2013/11/18(月) 22:43:51.97
よく時代劇で、江戸時代の役人が、弓を半分に切った様な棒を持って
指揮をしているシーンがありますが、その名前が分かりません。
何方かご存知の方、教えてください。

173: 2013/11/19(火) 02:07:27.16
乗馬鞭じゃなくて?

174: 2013/11/19(火) 23:53:07.65
たっつけ袴を履いた役人が数人の部下に「それ行け」という
感じでその棒を振っていたのです。
記憶では、重藤の上半分といった感じで、藤が段々に巻いて
あったと思います。
それを「乗馬鞭」というのでしょうか?

175: 2013/11/20(水) 10:16:13.69
ナエシの一種で弓折鞭、弓折杖、もしくは単に弓折れと言われるものです。
専用に作ったものもありますが、多くは折れた弓を加工した再利用品です。
打擲にも使えますが、主に上級武士が指揮に使用することが多かったようです。

178: 2013/12/26(木) 08:11:11.28
西洋でも盾なんてものは甲冑が充実してくると
必要なくなってくる程度のものでしかないんだが

クロスボウのボルトやボドキン鏃を鎖帷子では防げないから
しょうがなく盾持ってただけで板金鎧が普及すると盾はいらなくなって
両手持ち武器が流行りはじめる

農耕民だから盾を使わないなんて理屈は一体誰がひねり出したのか気になる

179: 2013/12/26(木) 08:16:56.85
つか、未だに日本人は農耕・ヨーロッパは狩猟みたいなレッテル貼りを
頭から信じる人がいるんだね

180: 2013/12/26(木) 11:06:34.52
ヨーロッパも農耕技術が発達してから人口増大してるんだし

181: 2013/12/26(木) 12:11:47.77
大型肉食獣がいる地域なら爪や牙を防ぐための
狩猟用としての盾も必要になってくるけど
日本には雑食のツキノワグマくらいしかいなかった。

182: 2013/12/26(木) 14:42:05.38
だったら大型肉食獣がいなくなった段階で盾が廃れるだろ
だいたい日本だって律令時代までは持ち盾もあったし
大型の掻楯なら武士の時代において一貫して使われてるしなあ
あった持ち盾がなぜなくなったかというテーマで考えるべきなのに
大型肉食獣ってwww

183: 2013/12/26(木) 16:07:41.20
持盾なんて矢や石礫の5,6発受ければ全壊するし
わざわざ用意するような物でも無いでしょ
適当な木板でも使えばいいだけ

184: 2013/12/26(木) 16:09:42.68
イギリスでは15世紀にようやく大型肉食獣の脅威から解放されたようだな

「ばら戦争」P43
馬を下りた重装甲兵 1455~1460年頃
 
あらためて指摘しておくと、「重装甲兵<men-at-arms>」とは
完全装備の兵士たち---騎士、従騎士、小ジェントリー層、または
高位の騎士の護衛を務めるサージェント---などを指す。
 この時代の重装甲兵たちは頻繁に徒歩で戦った。あまり楯を
使わなくなり、両手が自由になったためにさまざまなポール・アーム
の使用が可能になった。

187: 2013/12/29(日) 22:55:19.62
>>184
関係あるか分からんがイギリスで狼が絶滅したのが14世紀ごろらしい

186: 2013/12/29(日) 22:34:04.94
持ち盾が消耗品ってイメージがない人が多いみたいね
ゲームほど便利なものではないから

188: 2013/12/29(日) 23:06:59.72
日本にも狼がいたのになぜ持ち盾は絶滅したのか

190: 2013/12/30(月) 11:54:41.99
夜襲を受けて弓で防衛線張る際には悪い矢や捕った矢を使ったんだろうけど命中率は推して知るべしだったろうから夜陰>持ち盾だったのでしょう

191: 2013/12/30(月) 14:18:32.20
日本の地形は言うほど特殊ではないんだがなあ
たとえば朝鮮半島なんかも7割山地だし、文明の栄えたギリシャや
ローマも同じような半島地形

193: 2013/12/31(火) 21:23:15.59
>>191
朝鮮半島の山って日本と比べるとつるっぱげで見通しがいい様に見える

192: 2013/12/30(月) 14:29:33.74
日本も三間の長槍を有する集団で叩き合える程度には地形開けてるからなあ
地形説には説得力ないわ

194: 2013/12/31(火) 21:45:06.35
その見通しが悪い日本の地形で持ち盾なんかよりはるかに持ちづらく
移動の制限になるはずの三間の長槍が集団運用される事実の前には
地形説はあまりに説得力がない

198: 2014/01/06(月) 16:26:45.14
>>194
長柄槍は有用だが持盾は使えない、故に長柄槍は用いられ持盾は廃れた

195: 2013/12/31(火) 21:46:41.99
オンドルで燃やしまくったせいではげ山だが
昔は朝鮮も山に森森だったんじゃね

196: 2013/12/31(火) 21:49:24.82
イタリアは第二次大戦の時代になってもせめあぐねるような地形もあるな
だが持ち盾は廃れなかった
それどころかローマのスクトゥムは持ち盾の中ではかなり大型

197: 2013/12/31(火) 22:26:06.42
古代ローマの時代って日本じゃ何時代なんだよorz

世界的に時代が進めば持ち盾は廃れるという当たり前の話なのになぁ
中世の騎士が盾を用いるのは様式美のようなもので太平洋戦争で日本刀を携行するようなもんだ
実際中世の戦闘で騎士同士の大規模な戦闘って何かあったか?
傭兵や雑兵が盾を片手にというイメージがちょっとでてこない